撮影年月日2019.4.17 撮影機材SONY FDR-AX700
使用BGMは中北音楽研究所より購入した音源です。
高遠の夜桜は昼間の華やかさが一変して武田氏滅亡の悲劇の舞台と相まって、まさに土井晩翠の「荒城の月」そのものに思います。
高遠出身で昭和テレビドラマを牽引してきた故春日千春プロデューサーは大映ドラマ絶頂バブル時代にNHK大河ドラマに対抗してTBSで放送した「おんな風林火山」は武田の滅亡と高遠城での悲劇をクライマックスにしており、多くの人に知られることになりました。
「おんな風林火山」制作の経緯は、脚本家の佐々木守氏が山梨放送の番組『山梨の歴史』を偶然観て、武田信玄の五女・松姫の物語に惹かれ、大映テレビ所属の番組プロデューサーである春日千春に打診したことがはじまりです。長野県高遠町の出身である春日にとって高遠を治めて高遠で織田と戦った信玄にまつわる話の数々は幼い頃から聞いていたということもあり、すぐその琴線に触れて行って本作の制作決定に至ったそうです。高遠出身の春日千春プロデューサーがメインに甲府出身の増田監督を起用した、旧武田領出身者による入魂の名作。武田信玄の死から武田滅亡までを丁寧に扱った貴重な作品になります。
春日千春プロデューサーが手掛けた主な作品は ザ・ガードマン おくさまは18歳 赤いシリーズ 噂の刑事トミーとマツ 不良少女とよばれて スクール☆ウォーズ 等
高遠コヒガンザクラ
「天下第一の桜」と言われている高遠小彼岸桜(高遠コヒガンザクラ)は、小振りでピンクの強い可憐な花を咲かせます。
かつて馬の姿が桜の花に埋もれて隠れたという高遠藩の桜の馬場。
明治8年頃、荒れたままになっていた高遠城址を何とかしようと、旧藩士達が馬場の桜を城址に移植したのが公園の桜の始まりです。
現在、園内には約1500本もの「タカトオコヒガンザクラ」(固有種)があり、 ソメイヨシノより少し小ぶりで赤みのある花を咲かせます。
池や起伏のある公園いっぱいに咲くこの桜は、マメザクラまたはキンキマメザクラと、エドヒガンの交配種の一系ですが、コヒガンザクラとしては新種で、高遠固有の種類であるとして命名された貴重な桜です。
高遠城趾の桜は、日本さくらの会選定の「さくらの名所100選」の一つに選ばれ、長野県の天然記念物に指定(昭和35年2月)されている桜の名木です。桜憲章の中では、「門外不出」として、町民であっても手にいれられないほど、大切に守られている桜です。
高遠小彼岸桜が赤みを増しているには「武田家滅亡の血の色」
戦国時代、1582(天正10)年、武田信玄亡き後、織田信長は「甲州征伐」により信長の長男信忠に攻められ、武田征伐の大攻勢を始めると武田領国の防衛網は崩壊します。
3月2日織田信忠を主将とする織田軍は降伏を勧告しますが、盛信は織田方の和睦交渉を断固として拒否し、ついに戦闘が開始された。この戦いは高遠城の戦いと呼ばれており、武田勢3千が織田勢5万の大軍に対抗して玉砕した武田氏最後の戦いとなりました。
滅び行く武田家を重臣や一族までもが見限り寝返る中、ただ一人最後まで戦った武将、仁科盛信はこの時26歳でした。高遠城は、織田の大攻勢の前に武田が徹底抗戦した唯一の城でした。
戦いで散った仁科五郎盛信(武田信玄の五男)の勇敢なエピソードとその壮絶な最後により、城兵たちの血が地面に染みたからだと伝えられています。
Негізгі бет 4K映像 桜の名所「夜桜 高遠さくら祭り 日本三大桜」cherry blossom japan さくらさくら 荒城の月 信州伊那『天下第一の桜』高遠城址公園 日本の春 4月中旬 お花見 絶景自然風景
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