【主人公】光源氏(ひかる げんじ):帝と薄幸の更衣との間に生まれた皇子。絶世の美男子。
[The protagonist] Genji; a prince born to an emperor and an unfortunate wife, the most beautiful man of all time
Playlist: • 源氏物語/The Tale of Genji
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春、宮中で桜の宴があった。その日は桜も満開で、天気も良かった。天皇とその妻たち、子どもたちが、特別席に並んで座っていた。藤壺は今、女として一番上の位にいる。皇太子の母、弘徽殿は、自分が二番目になってからずっと機嫌が悪かった。しかし宴が好きだから出席していた。
詩が上手な人たちは初めに、お題を籤引きで決めた。そのお題に合った和歌や漢詩を作って、できたら発表するのだ。源氏は籤引きを引いて、「私のお題は、『春』です」と言った。その声がきれいで、みんなが褒めた。次の頭中将の声も良かった。それから楽器の演奏があった。夕方ごろ、舞が始まった。皇太子は、去年の紅葉賀の源氏の舞を思い出して、また見たいと思った。それで、桜の帽子飾りを源氏に与えて、「あなたも舞いなさい」と言った。天皇や皇太子が帽子飾りを与えることは、の人を自分の部下として優遇するという意味がある。
しかしこれは天皇の宴だ。皇太子が自分より目立つ義母弟に権力を見せつける場ではない。源氏はちょっと嫌な気持ちになったが、断ることもできなかった。それで、ちょっとだけ簡単に舞った。それでも十分美しかったから、みんな感動した。娘婿が家に来ないと悩んでいる左大臣さえ感動の涙を流した。
「次は頭中将だな」と天皇が言って、中将も舞った。練習してきたのか、源氏より長く丁寧に舞った。それで天皇は中将に自分の着物を与えた。それから後は暗くなってしまって、上手か下手かわからなくなった。すっかり夜になってから、源氏が和歌を詠んだ。声も内容も素晴らしかった。
みんながひとつひとつ褒めるから、他の人より時間がかかった。
源氏は何をしても上手で、美しい。ずっとみんなの注目と賛辞を集めている。天皇が彼を特別に思うのもわかる、と藤壺は源氏を遠くから見て思った。みんなが愛さずにいられない彼を、弘徽殿は、どうして憎むことができるのだろう...。そう考えてから、藤壺は気が付いた。自分は無意識に源氏のことばかり考えている。良くない、と藤壺は思った。
「美しい花を、素直に美しいと思えたらいいのに…」
と彼女は密かにつぶやいた。
夜遅くなってから、桜の宴は終わった。貴族たちはみんな帰って、藤壺も皇太子も自分の御殿に戻った。源氏は酔っていた。少し歩きたかった。空には薄い雲をかぶった下弦の月があった。
藤壺の御殿へ行ったが、どこもしっかり鍵が掛かっていた。源氏はガッカリした。帰るとき、弘徽殿の御殿の前を通った。弘徽殿は今晩、天皇の部屋にいるはずだ。近づいて見ると、入口のひとつの鍵が開いている。人の気配はない。
「不用心だな。こういうときに男女の間違いが起こるんだ」
源氏は心の中で言って、静かに中に入った。廊下の向こうから若い女の声がした。
「春の夜の朧月夜に似るものはない...」
有名な和歌を口ずさみながら、こちらへ来る。源氏は気配を殺した。すれ違うとき、彼女の袖を捕まえた。女はビックリして、「誰か、ここに怪しい人が」と助けを呼んだ。源氏は彼女の耳元でささやいた。「私は怪しい人じゃありませんよ。こんな夜遅くに巡り合った。これは運命だと思いませんか」
源氏は女を抱き上げた。部屋の中に入って鍵を掛けた。女は震えて、また「誰か...」と言った。源氏は彼女を床に降ろして、優しい声で言った。
「呼んでも無駄ですよ。私は何をしても許されるんです。それより、静かに話しませんか」
その声で、女はこの男が誰かわかった。あらゆる女性が憧れる源氏である。すこし安心した。それでも、この状況で受け入れてはいけないと考えて、抵抗した。しかしその力は弱かった。源氏は酔っていた。
朝になった。源氏はこの女とまた会いたいと思った。
「あなたに手紙を送りたい。誰に宛てて書いたらいいですか。教えてください」
女は心乱れていた。初めてのことだったから。
「私が誰か言わなかったら、貴方は私を探さないんですね。こんなことをして、私はもう生きていられないかもしれません。野花の下までは貴方も探しに来ないでしょう」
その仕草も声も、可憐で美しくて、源氏の心を惹いた。
「そんなことを言わないで。私があなたを探したら、みんなの噂になって、あなたも困るでしょう? どうか教えて──」
廊下で人の気配がした。侍女たちが朝の仕事を始めたのだ。源氏は急いで自分と彼女の扇を取りかえて、密かに部屋を出た。
彼女は弘徽殿の妹の一人だと思うが、どの妹だろう。源氏は自分の部屋に戻って考えた。右大臣には弘徽殿の他に娘が5人いる。頭中将の奥さんは四女だから、年齢から考えて、五女か六女のはずだ。六女はもうすぐ皇太子と結婚すると聞いた。もし彼女が六女だったら、可哀そうなことをした。
「でも、宴の夜に鍵を掛けないのが悪い」
しっかり閉まっていた藤壺の御殿を思い出して、源氏は弘徽殿を悪く言いたい気持ちになった。
持って帰った扇は桜色で、霞んだ月が描かれている。豪華なものではないが、長く大事に使っていた跡がある。
「広い空に、夜明けの月を見失ってしまうのか...こんな気持ちは初めてだ」
惟光に頼んでしばらく探したが、朧月夜の君が誰か、なかなかわからなかった。
桜の季節が終わるころ、右大臣が自分の屋敷で藤の宴をするという。新しくて派手なものが好きな右大臣は、もちろん源氏も招待した。宴の日、右大臣の四男が宮中へ源氏を迎えに来た。
「普通の花だったら招待しません。うちの屋敷の遅咲きの桜は、特別美しいんです。ぜひ来てください」
天皇はそれを聞いて、笑った。
「右大臣はお前に自慢したいのだ。有力な大臣だし、私たちの親戚でもあるから、行ってあげなさい」
源氏は右大臣の趣味があまり好きではない。わざわざ暗くなってから、皇子だけが着られる美しい着物を着て出かけた。
源氏が宴の場に現れると、みんな彼に注目した。右大臣の桜も美しいが「源氏の君のほうがもっと美しい」とみんな思った。
夜遅くなって、楽器の演奏も終わった。源氏は酒に酔ったふりをして、女性たちがいる建物に近づいた。
「大臣が酒を勧めるから、飲みすぎてしまいました」
御簾越しに声をかけると、近くの女が応えた。
「源氏の君が断っても、右大臣は怒りませんよ」
聞いたことがない声だった。少し見えている着物も、強い香も、派手で贅沢で、源氏の好みではない。
「石川の高麗人に扇をとられて...」
有名な「石川の高麗人に帯をとられて」という歌を、源氏はわざと間違えて歌った。
「あらあら、変な高麗人ですね」
女たちはみんな笑った。その中で一人、ため息を吐いた人がいた。源氏はその人の近くへ行って、御簾越しに手を掴んだ。
「朧月を見失ったから、私はこんなところまで来てしまいました」
と言うと、その人は小さい声で応えた。
「心から想っていたら、きっと見失わなかったでしょう」
その声は、弘徽殿の御殿で聞いた、あの人の声だった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーつづく
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