【 宝寿寺 】
このお寺は天平の頃、聖武天皇「在位724~749」は諸国に一の宮を造営した。
その時、この地に伊予の一の宮神社が建立され、大和の僧、道滋律師「?~744」が勅命を
受けて法楽所としての別当寺を創建したのが始まりと伝わる。往時は伊予三島水軍の菩提寺として栄えていた。寺名も金剛宝寺と称していた。
弘法大師がこの地を訪ねたのは大同年間「806~810」で寺に久しく留まり聖武天皇の妃である光明皇后の姿を形どった11面観世音菩薩像を彫像した。これを本尊として寺名を宝寿寺と改めて霊場とされた。
その当時有った中山川の度重なる洪水の被害を受け天養2年「1145」に堂宇を再婚し、山号も天養山と改めて居ます。平成になり本堂の工場を始めたが資金難でそのまま放置され、一時香園寺横に仮本堂、仮大師堂が、移されたが令和元年にこちらに戻り霊場会に復帰しています❗
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Негізгі бет 【四国遍路の旅】第62番 宝寿寺 ~平成、令和あわや廃寺?概要欄も読んでね!
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